韓国の通夜・葬式にでてみて

韓国の通夜・葬式にでてみて

このブログを長くご覧頂いている方は
ご存知かと思いますが、私の妻は韓国人です。


先週末にその妻の母が亡くなりました。
私も日曜日より韓国に行ってきました。


韓国の通夜と葬式は日本とは大分、違います。


通夜は故人が亡くなったその日から
翌翌日の朝までぶっとおしで行われます。


その間、遺族はほとんど寝ることはありません。
義母は土曜日に亡くなりました。
義父や義姉妹や義兄弟はその日から
私は次の日曜日から月曜日の朝までです。


祭壇の横にたち、線香をあげて挨拶をしてくれる
お客さん一人一人に膝を折って挨拶を返します。


そして、壁一つ隔てた部屋に用意されたテーブルを囲み
お酒を飲んだり、軽い食事をしたりします。


そして、またお客さんが来るとそこから戻り
祭壇の脇にたち、膝を折って挨拶して・・・・を
繰り返します。


土曜日の夜は夜中の3時まで
お客さんがあったそうです。
日曜日も夜中の1時まで来ました。


私は日曜日からでしたので24時間もやりませんでしたし、
私のお客さんはいませんので
私はずっと祭壇の脇にいて挨拶だけをしていれば
よかったのですが、
とくに兄たちは疲労困憊でした。


日曜日の夜9時頃を過ぎるともう来ないだろうと
食事を始めたのですが、ぽつぽつと来るのですね。
お兄さんたちも「また、きた」と半分ため息交じりです。


なぜ、こんなに長い時間をかけるのか
私は正直、疑問でした。


韓国では、とにかくお客さんが多いんです。
故人の知り合いでなくとも
例えば、兄の職場の先輩後輩、同僚、上司
中学高校大学の同級生、先輩後輩、
近所の仲の良い友人などなど、兄の知人が、
お母さんが亡くなって、さぞ心が痛んでいるだろう、大丈夫か?と
兄にお悔やみを言いにくるのです。


兄たちは一番上を筆頭にわりといい立場にいますので、
会社関係が特に多い。
2日間で総勢1000人程度は来たそうです。


これは故人や遺族のためになるのかなと
思いも正直ありました。
日本のように3時間なら3時間のうちで終わらせる。
そして、食事をして故人と語り合ったりする。
寝る人は帰って寝る。
その方がそれぞれの人のためになるような気がします。


しかし、私が日本が通夜はせいぜい3時間程度だと言うと
兄弟姉妹は驚いていました。
どうして、3時間で終われるのか?
では、その3時間で来られない人はどうなるのか?


夜中に来る人たちは、仕事などで
来られない人たちだそうです。
また、昼間は家族サービスをして、夜にゆっくりと
挨拶に来る。


そういう人たちのために2日間24時間通夜をする。
そういうことらしいのす。
つまり、挨拶に来てくれる人を優先に考えているということです。


合点が行くような行かないような
そんな感じでしたが、情に厚い韓国らしいな
とそんな気持ちでした。


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2009年12月17日

カテゴリ: 雑記

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『韓国の通夜・葬式にでてみて』へのコメント

  1. ちーずぱん より:
    寒中お見舞い申し上げます。
    しばらくご無沙汰して久しぶりに訪問したところ
    ヨンジョンさんのお母様の訃報を知りました。
    心よりお悔やみ申し上げます。

    昨年秋にトッポキの作り方の時に
    お母様のご病気を知りましたが
    お母様とご家族の皆様が前向きに
    病気と付き合っていくと言われてただけに
    それから日も経たないのに
    突然お母様が亡くなられ
    どんなにヨンジョンさんやご家族の皆様が
    ショックで辛かったかと思うと胸が痛みます。

    いくら近いとは言っても違う国に住んでいて
    いざと言う時にすぐに駆け付けれなかったのでは
    とヨンジョンさんはどんなに悔しくて残念だっただろうと
    思われて仕方ありません。

    でも一番残念だったのはお母様かも知れませんね。
    まだまだ小さいお孫さん達のこれからの成長を
    楽しみにされてたでしょう・・・
    でもきっときっとヨンジョンさんご家族の
    傍でずっと見守って下さってるはずです。
    今までよりずっと近くに居れると喜ばれてるかも知れませんね。

    私も20年近く前になりますが母を亡くしました。
    2歳の長女とお腹に当時6ヶ月の次女がいました。
    まだまだこれから孫の成長を見るのが楽しい時期だったし
    産まれてくる二人目の孫も見て欲しかったし
    私自身も子供の成長するにつれての
    色々な悩みをやっぱり自分の母親に
    聞いて貰いたかったとその都度残念に思ってました。

    お母様もまだ若かったでしょうね。
    あともう少しだけ・・と思いますが
    結局天寿を全うしてもこの悲しさ、淋しさは
    同じだと思います。

    もう落ち着かれた頃かと思います。
    それでもまだちょっと悲しくなったりする時もあるでしょうね。
    そして不思議と楽しかった思い出ばかりが思い出されるでしょう。
    ゆっくりと時間が癒してくれるはずです。

    また心に余裕ができた時には
    私たちに韓国料理や今回のような
    日本と韓国の違いなども教えて下さいね。

    長々とまとまりも無くコメントしてしまいすみませんでした。
    まだまだお話したい事もありますが今日はこれ位で・・・

    最後にヨンジョンさんの旦那様、慣習の違う中での長いお通夜・お葬式お疲れ様でした。
    お母様のご冥福をお祈り申し上げます。

  2. ちーずぱんさん

    ご返事がとても遅くなって申し訳ございませんでした。
    こ無沙汰しております。

    お元気ですか?
    暖かいお話、ありがとうございました。

    まるでお母さんのように自分の心の穴を優しく包んで
    くれるメールでした。
    誰にも言ってない自分の気持ちを
    そのまま述べさせていただいたものでした。

    おかげさまで大分落ち着いて、笑顔もたくさん出るようになりましたが
    まだ、、お母さんの話になったり、写真を見ると
    思わずのどが詰まり目が赤くなります。

    お母さん。
    若いと思います。68歳でした。
    おしゃれが好きで、お花が大好きで
    お花のそばで取った写真がたくさんあります。
    私にとってはとても可愛くて恋しい母でした。


    そうです。
    本当に誰より母が一番むなしかったでしょうね。
    最後まで諦めませんでした。
    10人の孫たちの思いで結婚したばかりの末子の妹のことで
    一人になるお父さんが心配で最後まで頑張るって言ってました。


    お母さん。
    最後まで痛みに苦しみながらも
    5人の娘が目に入ると微笑みながら
    骨しか残ってない細い手を伸ばして、
    ほっぺを触ってくれました。
    それを見守るしかない、むなしさ、、、、
    何もかける言葉がない悲しさは
    言葉には表現できません。


    2年前にお母さんとお父さんが来日して
    満開になった桜を見て両手を開いて
    感激した笑顔が今でも鮮明に目に浮かびます。


    つらい抗癌剤治療が終わったら
    今年にまた日本に来る約束をしたのに。。。


    日本に来て温泉に入って、好きな回転すしも行って
    おいしい!ってずっと言ったり、
    焼き鳥を食べてもう一回満開になった桜を見ること
    お母さんも私も疑うことなかったのに。

    お母さん。
    自分が居なくなっても泣かないでねって
    最後にお願いしたので日本に帰って来て
    泣かずにいい笑顔出しながら頑張ったのに。


    今は、、
    この返事を書きながらお母さんの
    顔が何重にも重なって
    涙を止めることが出来ません。


    すみません。

    これからは主人のパトーナとして
    子供の成長を見ながら胸の穴を埋めていきたいと思います。


    長いメールになってしまって申し訳ございません。
    これからも暖かく見守っていただければ幸せです。


    ブログも近いうちに載せたいと思いますので
    よろしくお願いいたします。


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