人を育てるということは”待つ”こと

今日はSNO語録(Sすべて Nにしきべ Oオリジナル)です。

人のを育てるということは”待つ”ことである

これは数年前から私が実感していることです。

 すべてを教えては育たない 

私が錦部製作所に入って以来、何人かの職人を
育てました。
現在もパートさんを含め数名の職員を
育てています。

難しいと感じるのは、

どこまで教えて、どこからは考えてもらうかです。

技術職の場合、本来はなんでもかんでも教えては
自分で考えることをしなくなり
教えた時は成長しても、
いつでも教えててもらうことを待つようになり、
結局は一人前になるのに時間がかかります。

しかし、この

自分で考える=仕事に対する気持ち

は容易に育つものではありません。

ましてや、
仕事に気持ちをいれろ!!
モチベーションをいつでも高くしろ!!
と叫んでもそなるものではありません。

育てる側が仕事に気持ちを入れてほしかったり
モチベーションをいつでも高くしてほしかったら
そうなるようにもっていかなければいけないわけですね。

「気持ちが育つ」には時間がかかります。

だから待つしかないのですが、
ただ、ぼけっと待っていてもどうかなと思いまして
ときどきは、あれこれ目標を具体的に言ったり、
自分の体験を話したり、自分のやっていることを見せたりしています。

教えている人が修行の期間があるていど過ぎ、
能力が高ければ高いほど
あー、おしいなー。もうちょっとここで一工夫したり、
気持ちを込めると一皮むけるんだけどなーと感じたこともあります。

かくいう私も社長からすればまだ、育てているという感じが
強くやきもきしているのがたまに見えます。
社長もまた、私のこともまだ”待っている”のだと思います。

これを読んだ、いろんな分野で育ててもらっている人が

「あーもしかしたら自分も待ってもらっているんだなー」と

感じたら、そこで一歩前に進んだかもしれません。